昨日の続き。

理由4:原因と結果がつりあわない、ように見える

という話。

リュドヴィークも、オリガも、過去に囚われて今を生きられないでいる。

原因は、パリで負った傷。
パリで誰かを愛し、別れた傷。

とは言うものの。
愛する女の身代わりに殺人の罪を負って逃亡者となったリュドヴィーク。
財産目当ての見るからに外見だけの男に騙されたオリガ。
同じ「パリで傷を負った」と言っても、傷の深さが違わないか?
つりあわないなあ、と違和感。

それにリュドヴィークだって。
二度と会えないと思っていた恋人、イヴェットに彼は再会する。
場所はマラケシュ、最果ての地。
パリははるか遠く官憲の手は及ばない土地。
いいじゃないか。お互い意に反して別れたんだから、よりを戻せば。

実際、イヴェットはまだリュドヴィークを求めているのだけれど。
リュドヴィークの方は何故か、「過去の事」として片付けて、イヴェットを見ようとはしない。
何故?

リュドヴィークの物語は、「原因=過去の傷」と「結果=現在の生き方」がつりあわない、ような気がする。
主人公の心情が、何だかわかりにくいのだ。

とは言え、それが答えなのだろう。
原因と結果の間には、変数がある。
変数は人間。
リュドヴィークは、そういう人間である、と言うこと。

リュドヴィークとオリガの間には、愛は無いと思う。同じ傷を持つ者同士、痛みを共有できるような気するだけ。「幻です」「わかっています。でも幻を抱いているだけでも幸せなのです」そんな会話があった。
そして恐らくは「同じ傷」ということすら幻なのだろう。
客観的に見れば二人の傷は別物だし、主観的に見ればなおさら別物なはずなのだ。

かと言って、イヴェットとの間に愛があったかというと、それも違う気がする。

貧困からのし上がった女優と、田舎出の青年。
故郷を捨ててパリにやってきたリュドヴィークにとって、イヴェットは華やかできらびやかなパリの象徴に見えたのだと思う。
イヴェットは、栄光に包まれ取り巻きに囲まれていても、未だ飢え渇いていた。葬り去ろうとしている過去の自分から逃れられずに。葬り去ろうとすることで傷つくのは自分自身で。
そんな彼女の目には、リュドヴィークの一途な憧れは自分の渇望を埋めてくれるものとして映ったことだろう。

二人は互いを求め合い、恋に落ちた。
でも、それは愛ではないだろう。
正直なところ愛なんて良くわからないけれど、仮にそんなものがあるとして。二人のお互いへの思いは愛ではないだろう。

イヴェットから離れ一人になって、リュドヴィークはそれに気づいたのだと思う。
でもイヴェットは。未だ飢え渇いたままのイヴェットは、まだリュドヴィークを欲している。彼の心が自分に無いことに直感で気づいても、まだ。
彼女が気づくのは一番最後。リュドヴィークの前で自分の幼さを認め、彼を諦め、去るに任せるのだ。

リュドヴィークは、誰も愛さなかった。オリガも、イヴェットも。
それは、彼がそのような人間だから、と言うしかないだろう。
殺人事件はきっかけでしかない。
彼は誰も愛せない。愛さない。
故郷を捨て、華やかなパリ、最果てのマラケシュ、どこにも安住の地を見つけられないのと同じように。
人も土地も、彼にとって安住できるところは無い。

この物語の一番重要な変数=リュドヴィークは、そういう人間。

と、納得できればいいんでしょうけど、誰も愛さない主人公というのはやはりわかりにくいかなと。
深読み好きな人間でないと、何故リュドヴィークがオリガともイヴェットとも結ばれようとしないのか、受け入れにくいかもしれない。

しつこいよーだが、私は好きです。
この物語も。主人公も。
後ろ向きで厭世的であの世に片足突っ込みかけてるような、だからこそその存在が周囲をひきつける男。思いは過去に、内側ばかりに向かい、誰にも関心が無いから誰に対しても優しい男。優しさの下の冷たさと更にその下の孤独と傷が人を惹きつける、そんな男。
今まで見たすみれ様の役の中で、一番好きです。キャラクターに合っているんだろうな。初めてその魅力に気づいたかも。
いつもと言うことが違うと言われそうですが(笑)、光には焦がれるけれど、影にはいざなわれるのですよ。そういうもんでしょ人間って。

安住の地を持たないと言う意味では、レオンも同じ。
リュドヴィークと違い陽気に振舞うレオン。
しかし彼も「ここでは無い何処か」に焦がれ続ける者。その象徴がパリ。恐らくは、寒村のモラヴィアを厭いパリへ行った、かつてのリュドヴィークのように。
「夢しかなかった」と歌うリュドヴィーク。
「破滅の予感はあった、でも賭けた」と歌うレオン。
二人とも何処にも行けない。そして愛も手に入らない。
レオンの母や恋人は彼を愛しているのだろうけれど、遠くに焦がれる彼には、そんなもの目に入らない。
一世一代の詐欺に破れ追い詰められた彼はリュドヴィークにすがるけれど、彼の勧める砂漠への道はあくまでも拒絶する。
そして挙句、仲間に撃たれる。その瞬間の呆然とした表情がやるせない。「仲間じゃないか」との言葉に「仲間なもんか、巻き添えはごめんだ」と答えられ。「白人の天国へ行け」と言われ、行けるもんかと、何処に行けばいいと最後まで安住の場所を見出せないまま、こと切れる。

けれど、最後の場面。
夜の砂漠。星は空に輝き、ベドウィンの、さすらい人たちの隊列がゆく。
リュドヴィークは一人歌う。
蛇が現れ、レオンをいざなう。
レオンはいつか隊列に加わる。
そして、やがてリュドヴィークも隊列の後を追う。

それは、安らぎの場所なのかもしれない、と思った。
彼らもついにたどりつくことができたのかもしれない。
さすらい人たちの魂が、赴くところに。

レオンが主人公の影、もう一人の主人公なら。
裏の主人公はクリフォード。

主要人物がみんな過去に、自分の内部に、ここで無い何処かに思いを向けている、この物語。
誰も誰のことも愛しちゃいない。

でも、クリフォードは違う。
彼は、妻オリガを愛している。
パリで、傷ついて、寄る辺ない少女のように泣いていたオリガを、彼は愛した。
恐らくは、彼女を守りたいと思った。だから、結婚したのだと思う。
彼女の心が自分に無いことを知りつつも。

砂漠で遭難し、奇跡的に生き延びてたどりついたマラケシュで、彼はオリガの姿を見出す。
来てくれた。最果ての地マラケシュまで。そのときのクリフォードの思いはいかばかりか。
勿論、愛ゆえに来てくれた訳でないことは、クリフォードにはわかるだろう。
でも彼は、オリガを抱きしめて言う。今ここから始めよう。だって僕たちはまだ何も始まっていないんだから。と。
朝。何かを始めること。
それはオリガが厭うたこと。
でも、クリフォードはそれを選ぶ。オリガを朝へ連れて行く。
過去に迷い愛を得られない人々の中で、彼こそが光。

夢か現かわからない砂塵の中、リュドヴィークはクリフォードに石の薔薇を渡す。
オリガが欲しがっていた薔薇。
多分、リュドヴィークはクリフォードに託したのだろう。
未来に向かって生きることと、オリガを。
現世から退場しようとする男から、現世へ戻ろうとする男へ。

クリフォード、主人公ですね。
そう言えば『天の鼓』も帝が主人公。ゆみこ氏2作連続主役だ。

もっとも、これは私の解釈ですから。人それぞれの見方があると思います。
と、言いたくなるのが『マラケシュ』のわかりにくさなのかも(苦笑)。

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