人は転生を祈って、月の夜弓を引く。
もう一度会いたい人との再会を願って、月に弓を引く。

月は応えない。
叶わぬ思いを抱えて睡れないのは、ただ、人のみ。
月は応えない。
月は、睡ったまま。

一幕終わりに中納言が、二幕終わりに式部卿宮が、愛しい人の転生を祈って弓を引く場面かあります。
これがもう、美しくて。
いやコム氏とかしげ氏だから美しいのは当然だけど。でもそれだけでなく、物語の末にたどり着く場面だから、美しくて切なくて。

転生の物語かと思ったら、そうではないんですね。転生を祈って叶わない人々の物語。
奇跡でも伝奇でもなく、ただ、人の物語。愚かで、傷を負って、それでも愛しい人を思う、ひたすらに切ない物語。

自己流あらすじ。
浜松中納言(コム氏)と、式部卿宮(かしげ氏)は義兄弟。式部卿宮には大君(まーちゃん)、中君(しなちゃん)という妹がいて、中納言と大君はひそかに惹かれあっている。
しかし、時の将軍・足利義教に対して式部卿宮らが起こした反乱の中、混乱に巻き込まれた大君は亡くなってしまい。中納言は中君を助けてくれた南朝の皇子・二宮(まーちゃん2役)一行とともに吉野に逃げる。
数年後、中納言は未だ大君を思い、彼女との約束の地吉野にいる。反乱後の都は新将軍の縁戚である日野氏の天下。権力から遠ざけられたままの式部卿宮は、吉野で南朝方が守っている神器を奪い、将軍家と取引しようと考える。
式部卿の同盟者達に攻められる吉野。二宮を守って戦う中、中納言は二宮が実は女性であり、自分に思いを寄せていたことを知る。しかし刃が二宮を、そして中納言を襲い。

見ている最中の感想は「何て馬鹿なんだ式部卿宮!」でした(笑)。
だって、やることなすこと裏目に出すぎ。一幕はまだしも、二幕の陰謀は……吉野から神器を盗むって、それまずいだろ。大切な弟は吉野が好きで居着いて用心棒(違)やってるんだよ? 「失敗するかもしれない、でも止められない」って本人も言ってたけど、そういう、計略が成らないという意味の失敗じゃなくて、中納言が傷つくとか、無事でも心が離れてしまうとか、そういう失敗に思い至らないんだろうか。
寂しいなら自分も一緒に吉野に隠遁すれば良かったんだよ。そうすれば、義弟と妹と一緒に穏やかに暮らせたのに。本当にほしいものが手に入ったのに。
ほんっとーに、馬鹿だなこの男。

いや、わからなくもないんだけと。

式部卿宮は「将軍家のおもちゃ」であったんだそうで。男も女も美しいものには目がない権力者・義教の寵愛を受けることで、子供の頃から宮家を守っていた、らしい。義教からの、そしてそれを知る周囲の人間の蔑みからの屈辱に耐えて、能面を装って、心を閉じて。(しかしいいのかこの設定)

だから、将軍を弑逆するという日野の誘いに乗った。
宮家を守るために払ってきた犠牲をあがなうために。それまでに失ったものを取り戻すために。つけられた傷に報復するために。追い詰められて妄執に取り付かれて、他の道が見えなくなっている。
馬鹿だけど、でも、何とかしてやりたい。

……と、途中までは思っていたんですが。
瀕死の中納言の前に「何故こんなことに!」と言って現れたときには「お前がそれ言うかー!」とやっぱり盛大に突っ込んじゃいました。
上げたり落としたりすみません。多分それは式部卿に「追い詰められた者の狂気」が見えなかったからではないかと。そこまで追い詰められた感じがなくて、正常な判断が出来そうな人に見えるのにやることが間違ってるから「馬鹿」判定になってしまうのではないかと。

宮様は最後、都に留まって吉野を守るためにできるだけの事をする、と言ってましたが、失礼ながら、この人に何ができるんかいな?と。それもやっぱり「弟の死によって妄執から目覚めた人」に見えなかったからなんだろうな。そこまで取り憑かれて無さそうな。
いやこの物語における宮様の設定は多分そうなんじゃないかという推測で語ってる訳ですが。妄執から目覚めたけれどそれは遅すぎて。現し世に取り残された彼は残されたものの責任を引き受けて一人生きていく。そんな人間。

と言う訳で、感情移入し切れなかった面はあるのですが、やっぱりこの愚かしさは切ない。
愚かしさと言う意味では、日野重子(花帆杏奈)も。
日野家の娘。恐らくはかつて式部卿とは恋仲だったろうに、政略結婚で将軍に嫁がされ、しかし将軍の寵愛は別の女に奪われ、再起を狙う日野家の道具として、式部卿を仲間に引き入れようと誘惑し、見破られ。
でも、姉の宗子たちが用済みになった式部卿を始末しようと言うのを、泣いてすがって止めて。そのことを式部卿の前で嘲られて、身も世もない風情で俯いて。
愚かで、切ない。

式部卿宮の話から始めてしまいましたが、中納言の物語もまた切ない。
中納言と大君は惹かれあっているけれど、思いを口に出さない、出せない。
大君は、宮家の存続のためいつか将軍家に嫁がねばならない身だから。
中君も女房もそんな二人を思いやって少しでも一緒にいられるように気を使うけれど、藤の花を一緒に見る約束を数年越しに叶え、次はいつか菊の花を、と約束するのがせいいっぱい。

中納言は、ほんっとーにかっこよかったです。
さわやかな好青年。武勇に優れ人に優しく。
しかし、則を越えず、自分の立場を弁えて。大君にも決して必要以上に親しくしようとはしない。
ここで別れたら二度と会えないから一緒にいたい、と言う大君に「私が約束を破ったことがありましたか?」と、必ず後から行くからと言う、心遣いと大君への思いと。
(2作しか見てませんが『花のいそぎ』の篁さまといい、こういうのが大野ヒーローなのかなあ、と思ったり)

義兄の式部卿に対しても慕って心配して。1幕はそれがわかりやすく出てるんですが、式部卿と離れている2幕、自分は吉野に残るけれど中君には帰るように勧めて「あの人は寂しがりだから」と言うのに、何だよわかってんじゃんよー、と思いました。
でもきっと式部卿は中納言がそう思っていることをわかってなかったと思うけれど。それが切ないんだけど。

大君は、中納言同様自分の立場を弁えてしまっている女の子。わがままは言わない。ただ、一緒にいられるほんの少しの時間を大切にして。
その大君がたった一度見せた激しさが「二度と会えないかもしれないから」一緒にいたいと中納言に訴える場面。
でも、中納言は優しく退けるのだけれど。これが二人の今生の別れとなって、中納言は激しく嘆き、悔いるのだけれど。

もう一人のヒロインは、二宮。兄である一宮から敵の目をそらすため、影武者として生きる女の子。自分も辛いだろうに、自分を守るために傷つく吉野の里人に心を痛めて。
その彼女は、中納言に恋をする。もちろん、そんなことおくびにも出さない。
ただ一度、一度だけ紅の着物の女姿で中納言の前に現れるだけ。何も告げられなかったことを悔いて大君を思い続ける中納言に、その幻を見せるように。
美しい連れ舞のあと、ひとり肩を落として秘めた思いを歌う二宮が切ない。(ここ、心配そうに見守る小姓がいい子だなあと)

後は、いまわの際にそれを中納言に告げるだけ。微笑んで。

大君も二宮も、辛い状況を受け入れて明るく微笑む女の子。
こういうすがすがしく健気な女の子を演じたら、まーちゃんの右に出る者なしだなあ。

主役三人を語ったところで字数が尽きた。ので次項に。

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