手の傷、心の傷(ドン・ジョヴァンニ@ザ・カレッジ・オペラハウス)
2004年7月11日 オペラサマーオペラ モーツァルトシリーズ 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
指揮/山下一史 演出/岩田宗達
合唱/ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団 管弦楽/ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
ドン・ジョヴァンニ:田中 由也
ドンア・アンナ:石橋 栄美
ドンナ・エルヴィラ:並河 寿美
レポレッロ:雁木 悟
騎士長:周 江平
ドン・オッターヴィオ:二塚 直紀
マゼット:西尾 岳史
ゼルリーナ:井上真紀子
昨日、ウィーン国立歌劇場の再発売でも「ドン・ジョヴァンニ」が取れなかったので……と言う訳だけでもないのですが、観に行きました。
(ウィーンは、まあ、地元まで観に行けばいいんだよな、そのうち)
私はあまりモーツァルト好きな人間でないのですが「ドン・ジョヴァンニ」は結構さまざまな演出があるので、そのあたりを楽しみにしてました。
結果、オーソドックスながら新機軸もあり、楽しみました。
今回気になったのは「手の傷」。
ドン・ジョヴァンニが騎士長と決闘するとき、普通は「老いぼれ」の騎士長を若いドン・ジョヴァンニが倒す。
だけど、この舞台では騎士長の方が強かった。
騎士長の剣はドン・ジョヴァンニの手を傷つけ剣を弾き飛ばす。主人の形勢不利を見たレポレッロが銃を取り出し、ドン・ジョヴァンニはそれを止めようとしたのか銃をよこせと言うことだったのか、とにかく二人が銃を手にもみ合っているうちに引き金が引かれ、騎士長は撃ち抜かれて絶命する。
その後、この時の手の傷は何度も出てくる。時には、ドン・ジョヴァンニは銃を手にしようとするが傷の痛みのために握ることができない。レポレッロに手当てさせるシーンや、他の従者たちに手当てさせているシーンもある。
そして最後、石像が迎えに来たときもドン・ジョヴァンニは手の痛みにのた打ち回っている。
推測だけれど、この痛みの正体は「騎士としてのプライド」ではないかと。
騎士。身分ある男。だから、女はお楽しみのためにとっかえひっかえするモノだし、平民どもが何を喚こうと知ったことか。
そんな自己の拠り所を、騎士長に勝てず卑怯な手段で殺したことは、傷つけたのではないかと。
そうなると「今日は何故か上手くいかない」ことも、彼のアイデンティティが傷ついたせいだと解釈できる。
評論や解説でドン・ジョヴァンニは「神に反逆する自由人。近代人の先駆」というように書かれる事がある。
が、この舞台のドン・ジョヴァンニは、(おそらくは若く)傲慢な騎士が、自分のアイデンティティを見失い破滅する物語だった。
後半になるにつれてやけっぱちのように荒々しくなっていくし。(悔い改めるよう説得に来たドンナ・エルヴィラへの手荒な扱いは凄かった。こんなの初めて見た)
何故今ここであの世からの迎えが来て悔い改めるよう迫るか、という点は、この話の方が納得がいきました。
(その分「No」と言う強さは薄れていたけど)
舞台上のセットでずっと大きな羽が置いてあるのだけれど、晩餐の場面では羽はない。代わりにシーンの頭に上から羽根がはらはらと落ちてくる。
これもまた「ドン・ジョヴァンニの自由の終わり」の象徴としてはうまいなあと。青春の終わり、と言う感じで。
「自由」と言う意味では、平民たちの方が飄々と自由に描かれていたし。神だのモラルだのとの対決なんて意識せずに。
(シャンパンの歌のところで、カタログ(女性の名前が一面に書かれた青い幕として出てくる)の下でカップルになっている村人たちのあっけらかんとしたいちゃつきぷりは、ドン・ジョヴァンニの立場ない感じだったもんなあ)
「ドン・ジョヴァンニ」を観るときいつも一番気になるのはドンナ・エルヴィラの描かれ方。
エルヴィラについては、特に変わったところもなくと言う感じでした。衣装は旅装めいた紺青のかっちりしたドレスで、彼女の立場や性格にも合っていて、よかったなあと。
ラスト、ドン・ジョヴァンニが消えたあと、彼女は彼の残したコートを大事そうに抱いたまま、他の登場人物が消えていく中舞台中央に残る。
その姿に「ドン・ジョヴァンニの妻」としての矜持が見えたような気がした。彼がどんなに女をとっかえひっかえしようと、彼を最後まで愛したのは私だけ。
彼女はドン・ジョヴァンニ未亡人として修道院へ行くのだ。
ドンナ・アンナ。
石像がドン・ジョヴァンニを迎えに来たとき、ステッキを残していくんですね。ドン・ジョヴァンニが消えた後アンナがそれを見つける。
そこで彼女は父が敵を討ってくれたことを悟り、落ち着いてドン・オッタービィオとの新しい生活を受け入れようとしはじめた、そんな気がしました。
その他こまかいこと。
・緞帳下ろしてその前で歌っている間にセット変え、が多かった。なんか……宝塚っぽい(笑)
・ドン・ジョヴァンニにレポレッロ以外の召使?がぞろぞろ。黒尽くめ終始無言の黙役でかっこよさげ。『ファントム』の従者を思い出してしまった(笑)
歌については何も書いてませんが、皆よかったです。特筆するほど印象に残った歌手はいませんでしたが、まあ私がモーツァルト観るとたいていそうなんで。
指揮/山下一史 演出/岩田宗達
合唱/ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団 管弦楽/ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
ドン・ジョヴァンニ:田中 由也
ドンア・アンナ:石橋 栄美
ドンナ・エルヴィラ:並河 寿美
レポレッロ:雁木 悟
騎士長:周 江平
ドン・オッターヴィオ:二塚 直紀
マゼット:西尾 岳史
ゼルリーナ:井上真紀子
昨日、ウィーン国立歌劇場の再発売でも「ドン・ジョヴァンニ」が取れなかったので……と言う訳だけでもないのですが、観に行きました。
(ウィーンは、まあ、地元まで観に行けばいいんだよな、そのうち)
私はあまりモーツァルト好きな人間でないのですが「ドン・ジョヴァンニ」は結構さまざまな演出があるので、そのあたりを楽しみにしてました。
結果、オーソドックスながら新機軸もあり、楽しみました。
今回気になったのは「手の傷」。
ドン・ジョヴァンニが騎士長と決闘するとき、普通は「老いぼれ」の騎士長を若いドン・ジョヴァンニが倒す。
だけど、この舞台では騎士長の方が強かった。
騎士長の剣はドン・ジョヴァンニの手を傷つけ剣を弾き飛ばす。主人の形勢不利を見たレポレッロが銃を取り出し、ドン・ジョヴァンニはそれを止めようとしたのか銃をよこせと言うことだったのか、とにかく二人が銃を手にもみ合っているうちに引き金が引かれ、騎士長は撃ち抜かれて絶命する。
その後、この時の手の傷は何度も出てくる。時には、ドン・ジョヴァンニは銃を手にしようとするが傷の痛みのために握ることができない。レポレッロに手当てさせるシーンや、他の従者たちに手当てさせているシーンもある。
そして最後、石像が迎えに来たときもドン・ジョヴァンニは手の痛みにのた打ち回っている。
推測だけれど、この痛みの正体は「騎士としてのプライド」ではないかと。
騎士。身分ある男。だから、女はお楽しみのためにとっかえひっかえするモノだし、平民どもが何を喚こうと知ったことか。
そんな自己の拠り所を、騎士長に勝てず卑怯な手段で殺したことは、傷つけたのではないかと。
そうなると「今日は何故か上手くいかない」ことも、彼のアイデンティティが傷ついたせいだと解釈できる。
評論や解説でドン・ジョヴァンニは「神に反逆する自由人。近代人の先駆」というように書かれる事がある。
が、この舞台のドン・ジョヴァンニは、(おそらくは若く)傲慢な騎士が、自分のアイデンティティを見失い破滅する物語だった。
後半になるにつれてやけっぱちのように荒々しくなっていくし。(悔い改めるよう説得に来たドンナ・エルヴィラへの手荒な扱いは凄かった。こんなの初めて見た)
何故今ここであの世からの迎えが来て悔い改めるよう迫るか、という点は、この話の方が納得がいきました。
(その分「No」と言う強さは薄れていたけど)
舞台上のセットでずっと大きな羽が置いてあるのだけれど、晩餐の場面では羽はない。代わりにシーンの頭に上から羽根がはらはらと落ちてくる。
これもまた「ドン・ジョヴァンニの自由の終わり」の象徴としてはうまいなあと。青春の終わり、と言う感じで。
「自由」と言う意味では、平民たちの方が飄々と自由に描かれていたし。神だのモラルだのとの対決なんて意識せずに。
(シャンパンの歌のところで、カタログ(女性の名前が一面に書かれた青い幕として出てくる)の下でカップルになっている村人たちのあっけらかんとしたいちゃつきぷりは、ドン・ジョヴァンニの立場ない感じだったもんなあ)
「ドン・ジョヴァンニ」を観るときいつも一番気になるのはドンナ・エルヴィラの描かれ方。
エルヴィラについては、特に変わったところもなくと言う感じでした。衣装は旅装めいた紺青のかっちりしたドレスで、彼女の立場や性格にも合っていて、よかったなあと。
ラスト、ドン・ジョヴァンニが消えたあと、彼女は彼の残したコートを大事そうに抱いたまま、他の登場人物が消えていく中舞台中央に残る。
その姿に「ドン・ジョヴァンニの妻」としての矜持が見えたような気がした。彼がどんなに女をとっかえひっかえしようと、彼を最後まで愛したのは私だけ。
彼女はドン・ジョヴァンニ未亡人として修道院へ行くのだ。
ドンナ・アンナ。
石像がドン・ジョヴァンニを迎えに来たとき、ステッキを残していくんですね。ドン・ジョヴァンニが消えた後アンナがそれを見つける。
そこで彼女は父が敵を討ってくれたことを悟り、落ち着いてドン・オッタービィオとの新しい生活を受け入れようとしはじめた、そんな気がしました。
その他こまかいこと。
・緞帳下ろしてその前で歌っている間にセット変え、が多かった。なんか……宝塚っぽい(笑)
・ドン・ジョヴァンニにレポレッロ以外の召使?がぞろぞろ。黒尽くめ終始無言の黙役でかっこよさげ。『ファントム』の従者を思い出してしまった(笑)
歌については何も書いてませんが、皆よかったです。特筆するほど印象に残った歌手はいませんでしたが、まあ私がモーツァルト観るとたいていそうなんで。
コメント