三枝成彰作曲、島田雅彦台本の新作オペラ「Jr.バタフライ」。

今まで観た日本制作オペラで「もう一度観たい」と思ったのは、このコンビの「忠臣蔵」だけだった。(名古屋での再演は行けず、新国立劇場の新演出版を観たが、演出は初演の方が良かった)
ので、これも期待していたのだが、結果は微妙……。

あらすじ。
1941年、長崎。老いたスズキが病の床で蝶々さんの思い出を語り、蝶々さんの息子が戻ってくるのを待っている。その息子Jr.バタフライ(JB)は神戸の米国領事館で働いていた。日本を戦争に追い込もうと考える上司と、彼は激しく対立する。(1幕)
JBは日本女性ナオミと恋仲で、二人は結婚を考えている。ナオミの兄・野田少佐は日米の対立が激化する中での恋を諦めるよう二人に言うが、二人は結婚する。つかの間幸せに暮らす二人だが、日米は開戦しJBは捕虜となる。(2幕)
ナオミは息子茶目を連れて収容所のJBを訪れる。二人は戦争が終わったらJBの生まれた土地・長崎で再会することを約束する。終戦後JBは長崎へ行くが、そこは原爆で見る影もなかった。JBは息子の茶目、スズキの世話をしていた修道女と出会い母の形見の短剣を受け取り、ナオミの行方を知る。二人は再会するが、ナオミは息絶える。(3幕)

幕が開いて「マダム・バタフライ」蝶々さんの死の場面のオーケストラが鳴り響く中で語り部が朗々と語るオープニングで「つかみはOK!」と思ったし、病床のスズキが蝶々さんを語るに至ってぼろぼろ泣けてきて「オープニングからこんなに泣いて先が思いやられる」と思った。
けど、最後まで観ても一番泣けたのはここだった。って言うのはやっぱりどうかと。

主人公に感情移入できなかったのが痛い。二人が恋に落ちる過程は全く描かれなかった。過程が無くても今愛し合ってるところを見せてくれればいいんだけど、それも伝わってこなかった。デュエットも「お互いを愛している」と言うより「恋という美しいものについて語り合っている」という感じだった。
(ワーグナー好きなら入り込めるのかも、とちょっと思った。「トリスタンとイゾルデ」でも延々愛について語り合ってるし。あまりワーグナーは観ないので偏見かもしれません)
全体的に「愛とは」「恋とは」「戦争とは」「国家とは」「民族とは」「アジアとは」e.t.c.、形而上的な会話・議論が多かった気がします。私にとっては多すぎた。(1幕2場なんてJBと上司が日米関係やアジアについて議論するだけ)「戦争は恋を殺す」「戦争を殺す恋もあります」とか台詞で言うだけじゃなくて「戦争を殺す恋」を物語として見せてほしかった。(見せたつもりなのか?)

そう言えば、やはり三枝の「静と義経」も説教臭くてつまらないと思ったことを思い出しました。
「忠臣蔵」も考えると理屈っぽい、説教臭い部分はあったけど、あれはそれ以上にエンターテインメントしてたから面白かったのに。

音楽は甘いメロディあり、現代音楽風あり、オーケストレイションも迫力あって楽しめた。(どっかで聞いたような……と言うのは仕方がないのだろう)

以下登場人物について。

・JB(Jr.バタフライ)
 情けない主人公。「自分は中立だ。日米どちらにも属さずこうもりの自由を生きる」と言っているが、その意志を全うしたのかどうかよくわからない。
 佐野成宏は流石の美声で、特に3幕2場荒れ果てた長崎や死にゆくナオミを嘆くところは聞かせてくれた。(でも物語と歌詞が引っかかってのめり込めなかった。なまじ日本語だから駄目なのかも)
・ナオミ
 ヒロイン。この人もよくわからない。生きた人間と言うより、美しい恋の象徴という印象を受けた。
 佐藤しのぶは熱演していたけれど、どうも生身の人間には思えなくて……うーむ。
 2幕2場白い着物姿でJBとのデュエットは「マダム・バタフライ」を踏襲したと思われる場面で美しかったですが。
・スズキ
 「マダム・バタフライ」との間をつなぎ、1幕1場を一人で支える人物。蝶々さんのことを語るのを聞いて涙してしまったのは、坂本朱の熱演のおかげもあった。横になっての歌は大変だったのではないかと。
 ミサが始まるので祈ってくれと修道女に言われ南無阿弥陀仏を唱える姿はぐっときました。(ので、その後の「アメリカの神は……」は要らないと思う)
・野田少佐
 真面目でストイックな日本軍人。(でも出征前に情を交わす女性はいる)
 この人が一番感情移入しやすかった。「お互い国に背くわけに行かないだろう」とJBとナオミの恋を止めるが、二人が引かないのを見て「いつか二人を祝福できる日が来るかもしれないが、そのとき自分はこの世にいないだろう。だから今盃を交わしておこう」というあたり、大人ないい人だ。
 直野資は安定したうまさです。格好もいいし、好きなバリトンです。

全体的に「惜しい!」というのが感想。マダム・バタフライの息子を主人公にするなんて美味しいネタで「Jr.バタフライ」ってタイトルだけで勝ったも同然って感じなのに。もっと王道的に、国家や歴史に翻弄される悲恋物語にしちゃえばよかったのに。
と言いつつ、きっとそうしたくなかったんだろうな、形而上の話をいっぱいしたかったんだろうな、とも思います。

と言う訳で私の好みではなかった「Jr.バタフライ」ですが、終演後ロビーで「後半盛り上がった」という感想も聞こえたし、人によって評価はいろいろなんだろうと。

何だかんだ言って、新作オペラを作るというのはとてつもなく手間と金のかかることだから、それをやりつづけるという点は応援したいと思う。まして、恋の場面で臆面もなく甘い旋律を書きまくる。素晴らしいです。(誉めてます)
更に新作プレミエなのに一番安いC席はなんと1,000円と激安。確か「忠臣蔵」もそうだった。これはありがたい。「とりあえず見てみてくれ」という気遣いだとしたらうれしいです。(高い席は高いから、やっぱり「1,000円なら見る客」を狙ってるんだろうなあ)

コメント

お気に入り日記の更新

日記内を検索